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山口地方裁判所船木支部 昭和42年(ワ)30号 判決

原告

繩田啓一

ほか五名

被告

稲田正利

ほか一名

主文

一、被告両名は各自原告六名に対し各金一四万一三三一円及び内金一二万八四八三円に対する昭和四二年一一月二日以降内金一万二八四八円に対する同四三年一二月一七日以降各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告らのその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを五分しその四を原告らの負担とし、その一を被告らの連帯負担とする。

四、この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することでがきる。

被告らにおいて原告らに対し各金一四万円の担保を供するときは仮執行を免れることができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告代理人は「被告両名は各自原告啓一に対し金一一三万二一二三円、その余の原告に対し金五八万八六〇〇円あて及びこれらの金員に対する昭和四二年一一月二日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告両名の連帯負担とする」旨の判決並びに仮執行宜言を求めた。

二、被告両名代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」旨の判決を求めた。

第二、当事者の主張

一、請求の原因

(一)  訴外繩田柳一(以下単に柳一という)は、昭和四一年八月一七日午前九時一五分頃山口県厚狭郡山陽町千町一区国鉄美祢線ガード上の交差点道路において自転車に乗り走行中、被告稲田が運転する自動三輪車に正面衝突された交通事故に遭い、頭蓋底骨折、閉鎖性肺挫傷等により、間もなくその場で死亡した。

(二)(1)  被告稲田は、右事故に関し、運転者として前方を注視し危害を加えないよう事故を未然に防止すべき注意義務を怠つたから、過失により柳一の生命を奪う不法行為を行なつた者である。(2)また、被告新生電業株式会社(以下単に被告会社という)は、被告稲田と雇傭契約のある使用主であり、かつ右事故車輌の所有者でもあつて、自己のため運行の用に供していた者である。(3)原告らは、柳一の子であつて、身分関係及び相続分は別表のとおりである。(4)よつて、被告両名は各自原告らに対し次に主張する本件交通事故に基因する損害を賠償すべき義務がある。

(三)  本件交通事故に基因する損害は次のとおりである。

(1) 柳一の得べかりし利益、金一〇七万二五四九円。

(イ) 農業所得上の逸失利益

柳一は、自己所有の田四反三畝二一歩及び畑四畝一六歩と原告啓一所有の田三反八畝二一歩を合せ農地八反六畝二八歩を保有し、柳一は、原告啓一及びその妻訴外繩田滋子と共同で耕作し、出荷販売額より肥料費等約二五パーセントを控除した金額の二分の一を自己の所得とし、その三分の一額を生活費として滋子に渡し、三分の二額を自己の個人所得としていた。昭和四〇年度の厚狭農業協同組合を介する出荷販売額は、米四三俵二七万九五七七円、菜種一俵五〇〇九円、麦四俵一万一七六〇円の合計二九万四七四六円である。したがつて、昭和四〇年度の亡柳一の自己の個人所得は、右の割合により計算上七万三六八七円であつたし、同四一年度に関しても収獲は右年度以上であるが、柳一の自己の個人所得は右と同程度の金額であつた。

(ロ) 農業の副業所得上の逸失利益

柳一は、右農業にともなう副業として仔牛を飼養し年収二万円以上を得ていた。また、農作業のかたわら桶類修繕業をし一箇月に一〇日の割合で稼働し、一日五〇〇円以上の収入を得ていたから年収六万円であつた。右の副業による所得は合計年額八万円以上となる。

(ハ) 長男訴外亡繩田始の父である柳一に対し給付されていた扶助料

柳一は、長男である亡繩田始が昭和一七年四月一二日中支で戦死したことによる遺族扶助料年額九万五二六八円の給付をうける資格者であつたが、死亡により右扶助料の受給権を失つた。

(ニ) 老令福祉年金

柳一は、老令年金六七三二円を受給する資格者であつたが死亡により右年金の受給権を失つた。

(ホ) 年毎ホフマン式単利計算法による逸失利益の現在値

厚生大臣官房統計調査部編昭和三九年簡易生命表によると、柳一の平均余命は、柳一が明治二五年七月一二日生で前示死亡の日七四歳であつたから、七・三六年で満八一歳四箇月に達する昭和四八年一一月まで生存を推定される。したがつて、これを七年とし、年金的利益の現在価額をホフマン法によつて求めるための数値表中法定利率による期限は債権名義額に対する各期の現価額表を求めると〇・七四の数値が得られる。また、昭和四二年度版訟廷日誌(訟廷日誌刊行会編酒井書店刊)中の就労可能年数および新ホフマン計算式読み替係数表によると、年令七四歳の者の就労可能年数は三・七年であり、その係数は三・三一四である。

よつて、年毎ホフマン式単利計算法で柳一の得べかりし利益の現在値を算出すると次式のとおりである。

{(イ)+(ロ)}×3.314+{(ハ)+(ニ)}×7×0.74=(73,687+80,000)×3.314+(95,268+6,732)×7×0.74=1,072,549

右一〇七万二五四九円が、柳一の死亡当時柳一が失つた得べかりし利益の現在値である。

(2) 柳一の生命侵害による慰藉料、金二〇〇万円。

柳一は、大正六年九月二六日訴外亡繩田フキの養子となり、同じく養女の訴外亡繩田マキノと婚姻し、農業、家畜業、桶類修繕業を生涯の仕事とし、右マキノは昭和一八年八月三日死亡し、その後老年に至り原告啓一夫婦にあとを継がせるべく共同耕作をし、精農であつたばかりでなく、本件事故当時、身心いまだ壮健であり、飼牛のため獣医方へ自転車で赴く途中に奇禍にあい、ために余生を楽しむいとまを失い、多くの子女にみとられながら安らかに寿命を全うすることなく、あえなく路上に生命を絶つに至つた精神的な苦痛はまことに大きいものがあつたと思われるから、金二〇〇万円の慰藉料をもつて相当とする。

(3) 原告啓一の慰藉料金六〇万円、その余の原告の慰藉料、各金三〇万円。

原告啓一は、長男亡始が前記のとおり戦死したあと、三男でありながら、農業後継者となり、農閑期には自動車運転者として他に稼働先を求めているが、専ら農業に従事の妻滋子とともに柳一と起居生計を一にしていた者であり、一瞬の本件事故により父を失つた精神的苦痛は甚大である。被告両名は、本件事故による柳一の葬儀に際し、合計一六万二〇〇〇円の見舞金と香典を呈し、儀式に参列しただけで、その後被告会社が任意保険契約を結んでいるキヤピタル保険株式会社日本支社に交渉を一任したと称して、賠償問題の解決に直接応じようとしない。かれこれの事情を考慮すれば原告啓一の慰藉料は金六〇万円をもつて相当とする。原告啓一を除くその余の原告五名は、いずれも柳一の実子であつて、近隣の都市に居住し定職をもち、柳一の安否をたずね孝養をつくしていたところ、突然本件事故により父を失つた痛憤悲嘆は極めて大きく、各金三〇万円の慰藉料をもつて相当とする。

(4) 原告啓一が負担した葬祭費用、金九万四一一二円。

柳一の葬式費用として、原告啓一は右の金額を支出している。

(5) 弁護士費用、原告啓一につき二〇万二九二〇円、その余の原告につき各金五万三五〇九円。

原告らは、被告両名が本件事故による損害賠償につき前記(3)のとおり誠意を示さないので、やむなく山口県弁護士会所属弁護士大本利一に対し、被告両名に対する損害賠償請求訴訟を委任し同弁護士会報酬規定所定の報酬を支払う旨約束し、原告啓一において着手金(訴状貼用印紙代、送達費用等の経費を含む)一〇万円を右委任と同時に支払い、勝訴判決がえられたあかつきには謝金として勝訴した金額の一割ないし一割五分を支払うこととなつた。右弁護士費用も本件事故により通常生ずべき損害であるから、原告らに対して頭書金額の賠償を求める。

(6) 保険金等の受領関係

原告らは、被告稲田から金二〇〇〇円、被告会社から金一六万円、被告会社が契約の訴外キヤピタル保険株式会社から同四一年一二月二七日自動車損害賠償保険給付金一五〇万円の賠償をうけている。そこで右合計金一六六万二〇〇〇円につき、原告らは、それぞれ前記(2)の柳一の生命侵害による慰藉料金二〇〇万円の一部に充当したから、(2)の残額は各自五万六三三三円である。よつて、原告らが被告両名に対し支払を求める賠償請求額は別表記載のとおりとなる。

(四)  よつて、被告両名は、各自原告啓一に対し金一一三万二一二三円、その余の原告に対し金五八万八六〇〇円宛及びこれらの金員に対する本訴状送達の翌日たる昭和四二年一一月二日以降支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払をすべきである。

二、被告の答弁及び抗弁

(一)  請求原因(一)の事実を認める。

(二)  同(二)の(1)の事実を否認し、(2)及び(3)の事実を認める。

(三)  同(三)の(1)の(イ)の事実中、主張のような農地八反六畝二八歩を保有していたことは認めるが、その余の事実を争う。同(ロ)の事実を否認する。同(ハ)及び(ニ)の扶助料及び老令福祉年金は逸失利益とすべきものではない。同(ホ)の計算関係を争う。同(三)の(2)及び(3)の事実を争う。柳一は外観上はともかく老令で心身ともに衰退していたので、もはや農耕の如き過重労働に従事せしめるべきでなく、独り自転車に乗せて交通頻繁な国道上を走らせるべきでない。子である原告らは、親たる柳一に対し十分孝養を尽さず扶助をしなかつたといわれてもやむをえまい。同(三)の(4)の事実は葬儀費に要した金額を争う。同(三)の(5)の事実を争う。弁護士費用の賠償請求は、被害者側が正当かつ妥当な損害賠償の請求をするのに加害者側が全く誠意を示さなかつた場合ならともかく、本件のごとく不当過大な請求に応じなかつた場合には認めるべきでない。印紙代、送達費用等の経費は訴訟費用として填補さるべきで、別個に重複して損害賠償の請求を認めるべきでない。同(三)の(6)の事実中、被告両名から原告主張の金額を支払つたこと及び訴外キヤピタル保険株式会社が主張の日主張の金額を支払つたことは争わないが、原告側においてほしいままに充当すべき筋合でなく、逸失利益、慰藉料、葬祭費用等にそれぞれ充当さるべきものである。

(四)  抗弁として、仮に被告稲田には原告ら主張のような自動車運転上の過失があるとしても、柳一にははるかに大きい過失があり、したがつて損害賠償額を定めるに当り過失相殺を斟酌すべきものである。すなわち、被告稲田は、事故当時前行車と約一〇メートルの間隔を置き毎時四〇キロメートルの速度で道路左側を進行し、追越禁止区域であるのにしきりに追越しをしようとする後続の大型貨物自動車の動静をバツクミラーで注視していたもので、もとより対向して自転車に乗つて来る柳一が直進するものと注視していたものである。しかるに、柳一は、被告稲田が交差点を直進する寸前の前方進路を横切つてあえて右折をし、その際、自転車が遵守すべき道路交通法第三四条第三項第五三条同法施行令第二一条同法第三七条第一項に違反して先行車の直後を横断しようとし、著しく信頼の原則に違反した行動に出たため、被告稲田においてこれを左右にハンドル操作を行なつて避ける余裕がなく、急停車措置ととつても及ばなかつたものであり、柳一の責任こそ重大であつて、被告稲田の過失はむしろ僅少である。

三、原告代理人は被告主張の抗弁事実を否認すると答えた。

第三、証拠 〔略〕

理由

一、訴外亡繩田柳一(以下単に柳一という)は昭和四一年八月一七日午前九時一五分頃山口県厚狭郡山陽町千町一区国鉄美祢線ガード上の交差点道路において自転車に乗り走行中被告稲田が運転する自動三輪車と正面衝突する交通事故に遭い、頭蓋底骨折、閉鎖性肺挫創等により間もなくその場で死亡したことは当事者間に争いがない。

二、〔証拠略〕によれば、右交通事故に際し被告稲田は運転者として対向して来る柳一が交差点で右折するかもしれないことに注意を払い、その動静を注視し場合によつては低速して交差点に進入しもつて事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのに、これを怠り、柳一がそのまま直進してすれちがうものと軽信しその動静に注意を払わず折から後方を追従してくる一台の大型貨物自動車が自車を追越すかもしれないことに注意を奪われ右窓横に取附けたバツクミラーを断続して数回のぞき込みその走行状態を注視するのあまりその間前方注視を欠いたまま毎時約四〇キロメートルの速度で進行を続け交差点内で柳一が右折を開始し道路の中央線より左側部分へ進んでくるのを前方約〇・七メートルの至近距離に近づくまで気附かなかつた過失があることが認められる。被告新生電業株式会社(以下単に被告会社という)は被告稲田の雇主であり、かつ右事故車輛を所有し自己のため運行の用に供していたこと、原告らは別表記載のとおり柳一の子でありそれぞれ六分の一の相続分をもつ相続人であることはいずれも当事者間に争いがない。右の事実によれば、原告らに対し被告稲田は民法第七〇九条第七一〇条、被告会社は同法第七一五条並びに自動車損害賠償保障法第三条により、後記柳一の死亡による損害及び慰藉料につき支払義務がある。

三、被告両名主張の過失相殺の抗弁事実を判断する。〔証拠略〕によれば、前示交通事故に際し、柳一は自転車に乗り交差点を右折するにあり、遵守しなければならない道路交通法第三四条第三項第三七条第一項所定の方法と進路によるはもちろん交差点に入ろうとする対向車輛の位置、速度等を確認し対向車輛と衝突する事故発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、交差点の手前から斜めに交差点に入りすでに交差点を直進すべく対向する被告稲田の車輛の位置、速度等を確認しないで進路前方を横断すべく中央線を越えて右折を開始した過失があり、この過失が被告稲田の前示過失と競合して事故発生の原因となつたものと認められる。そうだとすると、右柳一の過失と被告稲田の過失とを対比すると、双方の過失の度合は、大体において前者が三、後者が七であると認めるのが相当である。

四、そこで原告ら主張の損害額につき判断する。

(1)  柳一の得べかりし利益について。(イ)柳一は自己所有の田四反三畝二一歩及び畑四畝一六歩と原告啓一所有の田三反八畝二一歩を合せ農地八反六畝二八歩を保有して農業に従事していたことは当事者間に争いがない。農業従事者の逸失利益を算出するにあたり、農地を保有し自ら家族の一員として労働に従事するばあいには、全体の農業収益に対し経営的才能及び肉体的労働をもつて寄与する割合を確定し、その割合に応じた部分から自己の生活費を控除した金銭所得額をもつて農業従事者の逸失利益と解すべく、死亡したあと残された家族によつて死者の保持していた経営的才能及び肉体的労働による寄与部分が填補されることにより、死亡した者が従事していたときと全体の農業収益に変動がないからといつて、死亡した農業従事者の逸失利益がなかつたということはできない。この見地に立つて本件をみるに、〔証拠略〕によれば、柳一は生前三男である原告啓一、その妻滋子と両名の子二名の五人で家族生活を送り、前示農地を主として柳一と右滋子が共同で耕作し、原告啓一は自動車運転手として他に就職するかたわら農繁期には耕作等の作業に従事していたこと、〔証拠略〕によれば、主作物は米、な種、麦であつて、これを厚狭農業協同組合を通じて出荷販売し、肥料代農薬代等約三分の一の金額を控除した金額が柳一、滋子及び原告啓一の農業純利益となつていたこと、昭和四〇年度の右農業協同組合に対する出荷販売額は、米四三俵二七万七九七七円、な種一俵三八キログラム五〇〇九円、麦四俵一万一七六〇円合計二九万四七四六円、同四一年度の右出荷販売額は、米四四俵三一万三〇八円、な種一俵三一五一円合計三一万三四五九円であつたから、肥料代農薬代等約三分の一を控除した金額はそれぞれ一九万六四九七円、二〇万三四五九円であつて、これが農業純利益であつたこと、柳一は明治二五年七月一二日生で死亡当時七四歳の老令(この点は被告らにおいて明らかに争わない)でありながら、なお健康で若いときから農作業に従事し経営的才能及び肉体的労働の能力をもつていたこと、農業純利益は滋子と柳一において二分の一宛を取得していたことが認められ、他に右認定を左右する証拠がない。右の事実によれば、柳一は家族の一員として農業に従事し、その純利益をあげるのに寄与していた割合は、滋子が三、原告啓一が一、柳一が二に当るものと推認すべく、柳一は農業純利益の三分の一に当る割合を自己の所得とし、したがつて同四〇年度において六万五四九九円程度、同四一年度においても六万七八一九円程度を農業からの収入として取得しえたものと算定しうる筋合である。(ロ)〔証拠略〕によれば、柳一は農業にともなう副業として仔牛を飼養し、昭和三八年度中一一万八〇〇〇円の利益を得るなど、年平均二万円以上の純利益を残す売買取引を継続して行なつていたこと、また農作業のかたわら桶類の修繕を内職とし年収五万円位の収入があつたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。(ハ)〔証拠略〕によれば、柳一はその長男縄田始が戦死したことによる恩給法上の公務扶助料年額九万五二六八円の受給権利者であり、柳一の死亡により原告らに右受給権は新たに認められていないことが認められる。(ニ)〔証拠略〕によれば、柳一は老令福祉年金六七三二円を受給する資格者であつたことが認められる。

右の事実によれば、柳一は、死亡の当時において(イ)農業収入年額六万五四九九円ないし六万七八一九円、(ロ)家畜の飼養売買による年収二万円並びに桶類修繕の内職収入年額五万円、(ハ)公務扶助料年額九万五二六八円、(ニ)老令福祉年金六七三二円の合計金二三万七四九九円ないし二三万九八一九円の年収があつたということができる。

そこで柳一の生活費を検討してみると、まず原告啓一本人尋問の結果によれば、固定資産税等の支払分を含め平均月二万円すなわち年額二四万円であるといい、これによると生活費を控除すれば残余はないこととなるが、これは計算的根拠のない推量的な供述であつて、証人繩田滋子の証言に照らしこれを直ちに採用することはできない。また、証人繩田滋子の証言によれば、柳一は自己の農業収入から四万円を自己の生活費として滋子に交付していたというのであるが、僅かに年額四万円で生活費がまかなわれていたとはとうてい認めることができない。結局〔証拠略〕によれば、柳一は原告啓一夫婦及び子供二名と同一の生計により生活し、野菜類はもちろん主食は自家保有米年一四ないし一五俵をもつて充て、柳一及び滋子の農業収入及び原告啓一の自動車運転手としての給料をもつて生活をしていた中流の兼業農家であつて、柳一には死亡当時金五万円の貯金が残されていたことが認められ、加えるに昭和四一年全国全世帯平均家計調査報告(総理府統計局発表)によると、一人当りの消費支出が月額一万二五三四円であることなどを参酌して、固定資産税、町民税等を含め多くとも月額一万二六〇〇円程度年額にして一五万一二〇〇円を柳一の生活費と認めるのが相当である。

そうだとすると、前示年収から右生活費を控除したすくなくとも八万六〇〇〇円(一〇〇円以下切捨)が柳一の死亡当時の収入純利益であり、柳一は七四歳であつても身体健康でとくに持病がなかつたから、年令七四歳の者の就労可能年数を三・七年とする原告らの主張の限度においては、右の純利益を得べかりしものと推認して妨げがないと考えられる。よつて年毎ホフマン式単利計算法で、柳一の得べかりし利益の死亡当時における現在値を求めると、佐藤信吉、年金的利益の現在価格をホフマン法によつて求めるための数値表(法曹時報一一巻二号三七頁以下)を資料として計数上二八万五〇〇〇円(四円を切捨)となる。原告らが柳一の死亡当時失つた得べかりし利益として主張する算出方法及び金額は、右の限度において正当であると認められる。

しかるに、本件事故については、前示のように被害者柳一の過失があるので、これを斟酌すると、被告両名に対し賠償を請求しうる損害は、そのうちの金一九万九五〇〇円とするのを相当とする。

なお原告らは公務扶助料及び老令年金について平均余年年数である七・三六年のうち七年分について逸失利益であると主張するが、前示就労可能年数三・七年を越える年令以後は、農業、家畜の飼養売買、及び桶修繕による労働収入が減少する一方、生活費はさほど変動がないと解されるから、右公務扶助料及び老令年金をもつて生活費に充てた残余があるものとは考えられない。したがつて原告らの右主張は理由がない。

(2)  柳一の生命侵害による慰藉料について、〔証拠略〕によれば、柳一は農家の養子となり、同じく養女の繩田マキノと婚姻、原告ら八人の子女をもうけ、長男始が戦死し、その後妻と子一人に死別したが、農業、家畜業、桶類修繕業を生涯の仕事とし、原告ら子女六名をそれぞれ社会人に育てあげた精農であつて、本件の事故の当時、なお健康であり、飼牛のことで獣医方へ自転車で赴く途中に奇禍にあい、あえなく路上に生命を絶つに至つたことが認められる。本件事故のために余生を楽しむいとまを失い、多くの子女にかこまれて安らかに一生を終ることもなかつた事故死の苦痛は甚大であるから、前示柳一の過大を斟酌し、柳一の生命侵害による慰藉料の金額としては、金九〇万円をもつて相当と認める。したがつて、原告らは相続により前示逸失利益金一九万九五〇〇円及び慰藉料九〇万円の各六分の一にあたる金一八万三二五〇円の損害賠償請求権をそれぞれ承継取得したと認められる。

(3)  原告らの父柳一をうしなつたことによる慰藉料について。原告啓一本人尋問の結果によれば、柳一の農業後継者は、三男である原告啓一であり、その妻子とも柳一と起居生計をひとつにしていたこと、したがつて前示柳一の農地は同被告が承継するものと窺われること、その余の原告は、柳一の実子であり近隣の都市に居住して、それぞれ家庭を営み、いずれも柳一の老後の平穏に心をよせていたことが認められる。右の事実によれば、原告らが本件事故により実父をうしなつた精神的苦痛は大きいものがあつたというべきであるが、原告啓一のみが主張のように特に多額の慰藉料に価する事情はなく、柳一の前示過失を斟酌しそれぞれ慰藉料としては金二〇万円をもつて相当と認める。

(4)  原告啓一が負担した葬祭費用について。〔証拠略〕によれば、柳一の葬式及び法要のために、原告啓一が費用として金九万三四三六円を出捐したことが認められる。柳一の前示過失を斟酌すれば、原告啓一はそのうち金六万五四〇〇円の賠償を求めうると認めるのが相当である。

(5)  弁護士費用について。被告両名が前記認定のとおり、損害賠償義務を負うものであるが、〔証拠略〕によれば被告両名がこれを任意に弁済しなかつた原告らが被告両名に対する本訴の提起を原告代理人大本利一に委任し、原告啓一においてその着手金として金一〇万円を支払つたこと、加えるに〔証拠略〕によると、勝訴判決がえられたあかつきには謝金として勝訴した金額の一割を支払う債務を負うに至つたことが認められる。もつとも原告啓一において右金一〇万円のうちには訴状貼用印紙代、送達費用等の経費を含むことを目認しているところ、これらの費用は判決により訴訟費用として被告らの負担に帰せられる限りいまだ損害とはいえないのであつて、本件記録上右の費用は多くとも約三万円と見込んだものと認めるのが相当であるから、結局一〇万円のうちすくなくとも七万円をもつて弁護士報酬たる着手金と解すべきである。

被告らは、弁護士費用の賠償請求につき、被害者側が正当かつ妥当な損害賠償を請求するのに加害者側が全く誠意を示さなかつた場合ならともかく、本件のごとく不当過大な請求に応じなかつたような場合には認めるべきでないと主張するが、〔証拠略〕を綜合すると、本件損害賠償訴訟は、被害者が高令であつたこと、農業に家族の一員として従事する者であつたこと、双方に過失がありその度合を確定するのが困難であること等弁護士に訴訟を委任しなければ主張立証が困難である要素を含んでいたことが認められる。右の事実によれば、原告らの主張金額がことさら被告らを窮地に陥れようとするいわば信義則違反もしくは権利の濫用にあたるものとはとうてい認められないのであつて、前示認定の着手金七万円及び謝金勝訴額の一割限度における弁護士報酬は本件事故に伴う通常生ずべき損害と解すべきである。

以上の弁護士謝金を除く損害賠償を合計すると、原告啓一は、四四万八六五〇円及び弁護士着手金七万円の合計五一万八六五〇円となり、その余の原告は三八万三二五〇円となる。

(6)  保険金等の受領について。原告らは、本件事故に基づく損害賠償として、被告両名及び訴外キヤピクル保険株式会社から総額一六六万二〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いがなく、その充当方法は、原告啓一のみが負担した前示(4)葬祭費用及び(5)弁護士着手金に順次充当し、その余を原告らに六分してこれをそれぞれ原告らの前示(1)ないし(3)の請求権の一部に充当するのを相当とする。

四、以上のとおりであるから、被告両名は各自、原告らに対し弁護士謝金を含む総額金一四万一三三一円及び弁護士謝金を除き損害額となる内金一二万八四八三円に対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四二年一一月二日以降支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金並びに弁護士謝金として右金額の一割に当る内金一万二八四八円に対する支払期日が到来する本判決言渡の日は記録上同四三年一二月一七日であるから同日以降支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払義務がある。したがつて、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるから認容し、その余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条第九三条第一項を、仮執行宣言並びに免脱宣言につき同法第一九六条第一項第三項第四項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 早瀬正剛)

別表

〈省略〉

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